一番悩んだのは「評価の軸」だった
このサイトを作り始めたとき、一番頭を悩ませたのが「予言をどう評価するか」という問題だった。最初は単純に「当たった・外れた」だけにしようと思っていた。でも調べていくうちに、それだけでは本質的なことが見えないとわかってきた。
たとえばマザー・シプトンの「ロンドン大火」の予言。内容だけ見ると1666年の大火とよく合っている。でも問題は、その予言が記されたとされる印刷本の真正性に疑問があり、後世に書き加えられた可能性が指摘されていることだ。内容が「当たっている」かどうかと、そもそもその予言が本当に事前に存在したかどうかは、全然別の話だ。これを混ぜて評価すると、まるで別物になってしまう。
そこで信頼性(情報源の質)と的中精度(内容の一致度)を分けて考えることにした。ぼんやりした直感から始めた分け方だったが、整理していくうちに「これがないと予言は語れない」と確信に変わった。
外れ予言をあえて載せる理由
予言サイトや本の多くは、当たった話しか載せない。それが読者の求めるものだし、商業的に合理的なのはわかる。でも私はそれをやりたくなかった。的中例だけ集めれば、どんな予言者でも「すごい予言者」に見える。それは事実の歪曲だ。
だからジーン・ディクソンの外れ予言も、エドガー・ケイシーの検証不能な言及も、アビギャ・アナンドの外れた予告も、できる限り正直に載せている。掲載した後に「この予言者を批判したいのか」と誤解されることもあるかもしれないが、そうではない。外れも含めて記録することが、予言を誠実に扱うということだと思っている。
「未成就」と「外れ」は別物
地味だけれど、個人的にこのサイトで一番こだわっているのがステータスの定義だ。「未成就」と「外れ」は、見た目は似ているが意味が違う。期日がまだ来ていない予言を「外れ」と呼ぶのは公平ではないし、かといって「不明」にすると期日が明記されているのに棚上げしている印象になる。この境界を引く作業は思ったより難しく、今も悩みながらやっている。正解があるわけではないが、なるべく自分の主観を明示したうえで判断するよう心がけている。