検証をしようと思った理由

正直に言うと、このサイトを作り始めた頃は「年末に的中チェックをする」という習慣がなかった。個々の予言にステータスをつけて記録してはいたが、「2025年という1年を通じて何が当たったのか」という俯瞰を意識したことがなかった。

それが変わったのは、2025年3月末のことだ。ミャンマーでM7.7の大地震が発生し、バンコクの建設中のビルが崩壊して死者が出た。そのニュースを見ながら、「これ、確かモープライが言っていたやつだ」と思って記録を引っ張り出した。確認すると、彼女は前年末に「大きな地震がタイを揺らす。バンコクでも被害が出る。建物が危ない」と明確に述べていた。内容が具体的すぎて、少し呆然とした。

それから年末にかけて、似たような感覚を何度か経験した。全部を並べて整理しておきたいと思ったのが、この記事を書く動機だ。

モープライとバンコクのビル——「具体的すぎる的中」の気持ち悪さ

タイの霊能者モープライ(ナワラット・ピニットロカコーン)については、以前から記録していた。2023年のミャンマー地震を「タイの隣国から揺れが来る」と予言した件も残している。ただ正直なところ、「地震の多い東南アジアでミャンマーを当てた」という印象で、特別視はしていなかった。

今回の的中は次元が違った。2025年3月28日のM7.7は、ミャンマーの死者だけで3,000人を超えた。バンコクから1,000キロ以上離れているのに、振動が伝わってきた建設中の高層ビルが崩壊した。死者19名、行方不明78名。モープライが「建物が危ない」と言っていたのは、この崩壊のことだ。

「建物が危ない」という表現が曖昧だとは言える。バンコクの高層建築リスクは専門家も以前から指摘していた。しかし、「地震の揺れが届く」「タイ国内で被害が出る」「それが建物に関係する」という3点が重なったのは、やはり「なんとなく」では難しい。この予言を前年の末に記録した私が、地震当日にすぐ「当たった」と気づけたのは、それだけ内容が具体的だったからだ。

同時に不思議な気持ちも残った。当たった、と素直に言えるのに、なぜかすっきりしない。「これは本当に予言だったのか、それとも地震リスクを知る人間なら誰でも言えたことなのか」という問いが、どうしても消えないのだ。

たつき諒の「外れた予言」が残した後味

2025年7月、予言コミュニティを騒がせていた「7月5日Xデー」が来て、何も起きなかった。漫画家・たつき諒が「私が見た未来 完全版」で予告していた「日本・フィリピン間の海底噴火と大津波」は発生せず、気象庁まで異例の声明を出していた一件は、「未成就」として記録した。

ただ、その後の展開が妙だった。2025年夏、太平洋で津波が発生した。たつき諒が描いていた海域とは位置が違い、規模も異なる。それでも、「7月に太平洋で津波が起きることを予言した漫画」として世界中のメディアが取り上げた。CNNまで報じた。

私はこの「当たり方」をどう評価すればいいか、今でも迷っている。「大津波」は外れた。しかし「7月に太平洋で津波が起きる」という大枠では符合した。的中と言えるのか、こじつけなのか。記録上のステータスは「未成就」のままにしているが、完全に外れとも言い切れない複雑さが残っている。

予言が「当たった」と言われるとき、何パーセントの一致が必要なのだろう。これはこのサイトを始めてから何度も考えていることだが、2025年7月の件ほどその難しさを突きつけられた出来事はなかった。

「予言」と「分析」の境目——ジャン・シュエチンのトランプ予測

2024年11月の米大統領選でトランプが勝利した。これを早くから予測していた一人が、ジャン・シュエチン(江学勤)だ。中国系カナダ人の教育者で、YouTubeチャンネル「Predictive History」を通じて「歴史のパターンから未来を読む」という手法を発信している。2026年3月にはタッカー・カールソンとのインタビューで一気に知名度が上がった。

彼の「予言」は霊感でも神の声でもない。歴史のサイクル、ゲーム理論、構造分析——そういった道具を使った「予測」だ。トランプ再選については、接戦と報じられていた時期から「構造的必然」として語っていた。これが当たった。

ただ、これを「予言」と呼ぶことに私は少し抵抗がある。同じ結論を出していた政治アナリストは他にも複数いた。正確に言えば、ジャン・シュエチンは「予言者」というより「外れないほうに賭けた分析者」で、結果として外れなかった側の人だ。でも彼のチャンネルを見ていると、その線引きがだんだんわからなくなってくる。歴史から法則を読み取り、次に何が起きるかを語る——それは予言者がずっとやってきたことと、構造的には同じかもしれない。

AIについての「部分的符合」——何が当たって、何が外れたか

「2025年、AIは制御不能な転換点を迎える」という予言は複数の予言者が語っていた。「生きているノストラダムス」と呼ばれるアトス・サロメもその一人だ。2025年の現実を振り返ると——AIは確かに社会を大きく揺さぶった。ディープフェイクの問題、大規模レイオフ、政治への影響。「社会構造を変えた」という意味では符合していると言えなくもない。

でも「制御不能な転換点」という劇的な表現通りの出来事は起きなかった。AIに社会が支配された、AIが何かを「決定」した、という意味での転換点はない。ゆっくりと確実に変化しているが、それは予言が示唆するような「ある日突然」ではなかった。

こうした「雰囲気は当たっているが細部は外れている」という状態が、AIに関する予言の典型的なパターンだと思う。変化の方向性は誰でも読めるが、「いつ」「どれほど劇的に」という部分が外れる。当たりと外れが混在する状態は、予言を評価する上で一番難しい。

2025年を通じて変わったこと、変わらなかったこと

一年分の記録を整理してみて、率直に言うと「的中した予言が思っていたより多かった」という印象が残った。全体的な的中率が上がったわけではないが、印象に残る的中の「質」が高かった年だった気がする。

変わらなかったことがひとつある。的中した予言を後から見ても、「だから予言には力がある」という結論には、私はやっぱりたどり着けない。モープライのバンコク予言が当たったことは事実だ。しかしそれは、「彼女が持つ霊的な力で未来を見た」という証明にはならない。「地震リスクを知る人が語った内容が、現実と合致した」という説明のほうが、まだ検証可能だ。

それでも、あのビルが崩壊したニュースを見たとき、彼女の言葉が頭をよぎったのは事実だ。理屈では割り切れない部分が、予言にはある。その「割り切れなさ」を記録し続けることが、このサイトの仕事だと改めて思った。