経歴・人物
出口なお(1837〜1918年)
京都府綾部の貧しい家に生まれ、苦難の連続の人生を歩んだ。夫の死・子どもの不幸・貧困・病気が続いた末、1892年(明治25年)2月3日の夜、突然「艮の金神(うしとらのこんじん)」が乗り移り、自動書記で「筆先」を書き始めた。
筆先は「この世を立替え立直す」という強烈なメッセージを持ち、資本主義・明治政府・既存宗教への批判を含んでいた。当初は地域の奇人として笑われたが、次第に信者を集め教団が形成されていった。なお自身は当初から王仁三郎の「合いの子でなければ分からん」と述べ、体系化が必要と感じていた。
出口王仁三郎(1871〜1948年)
亀岡の農家に生まれ、若い頃から宗教的探求を続けた。1898年に綾部でなおと出会い婿養子となり、大本教の組織化・体系化・対外普及を主導した。霊界物語(81巻)を口述筆記させ、宇宙論・神学を構築した。
大本教は1920年の第一次大本事件(新聞報道による社会的攻撃・施設破壊)、1935〜36年の第二次大本事件(特高警察による徹底弾圧・王仁三郎逮捕・不敬罪起訴)という二度の大弾圧を受けた。戦後に無罪確定。王仁三郎は生長の家・世界救世教・PL教団など多くの新宗教の源流に影響を与えた。
主な予言・功績
- 筆先(自動書記による神示、数十万枚)
- 霊界物語(81巻、口述)
- 二度の国家弾圧(1920年・1935年)
- 多くの新宗教の源流
参考文献・出典
- 出口和明「大本七十年史」
- 島薗進「新宗教と宗教ブーム」