経歴・人物
たつき諒(本名:竜樹諒)は1954年12月2日、神奈川県横浜市に生まれた。横浜商業高校商業科を卒業後、里中満知子・ささやななえこ・山岸凉子・美内すずえらの著名漫画家のアシスタントを経て、1975年6月に秋田書店『月刊プリンセス』掲載の読み切り『郷ひろみ物語』で漫画家デビューした。
少女漫画・ロマンス作品を主に発表しながら、1978年頃から自身の見た夢を「夢日記」として記録し始めた。1985年には夢の記録を専用ノートにまとめるようになり、その中に未来の出来事と一致すると思われる夢が複数含まれていることに気づいた。
1994〜1998年には雑誌『ほんとにあった怖い話』(朝日ソノラマ)および『恐怖体験』(スコラ)に予知夢を漫画化した作品を連載。1998年9月の作品『白い手』を最後に休業し、1999年に44歳で事実上の引退を宣言した。
同年7月、夢日記をもとにした予知夢漫画集『私が見た未来』を朝日ソノラマより刊行。表紙には「大災害は2011年3月」と明記されていた。当時はほとんど注目されなかったが、2011年3月11日の東日本大震災(M9.0)発生後、インターネット上で「予言が的中した」として拡散。絶版となっていた同書は中古市場で最高50万円超のプレミア価格がつくほどの騒動となった。
2021年10月、飛鳥新社より大幅加筆した『私が見た未来 完全版』を刊行。発売後1か月半で40万部を突破し、最終的には電子版を含め累計100万部を超えるベストセラーとなった。完全版の帯には「本当の大災難は2025年7月にやってくる」と記され、大きな社会的話題を呼んだ。
2025年7月に大災難は発生せず、予言は外れた。本人はメディアに対し「あの本は予言漫画ではない。帯の文言は編集者が書いたもの。夢を見た日が何かが起きる日を意味するわけではない」と釈明した。
2025年6月には自伝『天使の遺言』を「竜樹諒」名義で文芸社より刊行し、予言騒動の真相と自身が本当に伝えたかったこと(「過度に恐れず、日頃から備えること」)を語っている。
収録予言(7件)
本サイトに記録したたつき諒(竜樹諒)の予言を、成就状況の判定・原文・検証つきで掲載しています。
フレディ・マーキュリーの死の予知夢(銅像のない男)
成就1986年11月28日に見た夢でクイーンの3人の銅像が並んでいるが、フレディの銅像だけが存在しないビジョンを見た。また1976年にもテレビでフレディの訃報が流れる夢を見ている。1991年11月24日、フレディ・マーキュリーはエイズ性肺炎により死去した。
夢の中でクイーンのメンバーの銅像が並んでいたが、フレディだけ銅像がなかった。これは彼がすでにこの世にいないことを意味していると感じた。 ──(原語:日本語)
出典:私が見た未来(1999年・朝日ソノラマ)
- 私が見た未来(朝日ソノラマ、1999年)
- 私が見た未来 完全版(飛鳥新社、2021年)
尾崎豊の死の予知夢(日付まで一致)
成就1982年4月25日に日本人のロックスターが亡くなる夢を見た。ちょうど10年後の1992年4月25日、尾崎豊が肺水腫(26歳)で死去。夢を見た日付と死去の日付(4月25日)が完全一致し、特に注目を集めた。
日本人の若いロックスターが亡くなる夢を見た。その日は4月25日だった。 ──(原語:日本語)
出典:私が見た未来(1999年・朝日ソノラマ)
- 私が見た未来(朝日ソノラマ、1999年)
- 私が見た未来 完全版(飛鳥新社、2021年)
ダイアナ妃の死の予知夢("DIANNA" の文字と8月31日)
成就1992年8月31日に高貴な女性が車の事故で亡くなり、"DIANNA" の文字が見えた夢を見た。5年後の1997年8月31日、ダイアナ妃がパリでの交通事故で死去。日付(8月31日)が一致し、本人は「亡くなるイメージはなかった」とも述べている。
高貴な女性が車の事故で亡くなる夢。"DIANNA"の文字が見えた。夢を見た日は8月31日だった。 ──(原語:日本語)
出典:私が見た未来(1999年・朝日ソノラマ)
- 私が見た未来(朝日ソノラマ、1999年)
- 私が見た未来 完全版(飛鳥新社、2021年)
阪神・淡路大震災の予知夢(15日後に神戸の大地がひび割れる)
成就1995年1月2日に「15日後か15年後に神戸の大地がひび割れる」夢を見た。15日後の1月17日に阪神・淡路大震災(M7.3)が発生。夢を信じた約20人が事前に避難し被害を免れたとも伝わる。
神戸の大地がひび割れる夢。「15日後か15年後」という言葉が聞こえた。 ──(原語:日本語)
出典:私が見た未来(1999年・朝日ソノラマ)
- 私が見た未来(朝日ソノラマ、1999年)
- 私が見た未来 完全版(飛鳥新社、2021年)
東日本大震災の予知夢(2011年3月に大災害)
成就1996年3月11日に見た夢をもとに、1999年刊行の単行本『私が見た未来』の表紙に「大災害は2011年3月」と明記。その12年後の2011年3月11日に東日本大震災(M9.0)と大津波が発生した。最も有名な的中予言として知られる。絶版後は中古市場で50万円超のプレミア価格がついた。
2011年3月、東日本のどこかで大きな災害が起きる夢を見た。大きな津波の映像が見えた。 ──(原語:日本語)
出典:私が見た未来(1999年・朝日ソノラマ)表紙および本文
- 私が見た未来(朝日ソノラマ、1999年)表紙
- 私が見た未来 完全版(飛鳥新社、2021年)
- 竜樹諒 - Wikipedia
未知のウイルスの流行(2020年頃)の予知夢
部分的1995年頃に「2020年頃に未知のウイルスが現れ4月をピークに消える。10年後また現れるが死者が出る重病とはならない」という夢を見た。2020年に新型コロナウイルスが世界流行。ウイルスの発生は的中したが、「4月ピーク」は外れたと本人も謝罪した。
2020年頃、未知のウイルスが現れる。4月をピークに収束するだろう。10年後にも再来するが、致死的なものではない。 ──(原語:日本語)
出典:私が見た未来 完全版(2021年・飛鳥新社)
- 私が見た未来 完全版(飛鳥新社、2021年)
- 本人のSNS・メディアインタビュー(2020〜2021年)
2025年7月の大津波・海底噴火の予言
未成就「本当の大災難は2025年7月にやってくる」と完全版の帯に記載。日本とフィリピンの中間の海底が噴火し、東日本大震災の3倍規模の大津波が日本の太平洋側を襲うという内容。2021年7月5日に夢を見たと記されたことで「7月5日がXデー」として拡散・社会問題化した。実際には発生せず、本人は「夢を見た日=災害の日ではない」と釈明した。
本当の大災難は2025年7月にやってくる。日本とフィリピンの中間あたりの海底がボコンと破裂(噴火)し、南海トラフ地震の想定をはるかに超える東日本大震災の3倍規模の大津波が日本の太平洋側を襲う。 ──(原語:日本語)
出典:私が見た未来 完全版(2021年・飛鳥新社)帯・あとがき
- 私が見た未来 完全版(飛鳥新社、2021年)帯
- J-CAST「7月5日『大災害』予言とは何だったのか」2025年7月
- 気象庁長官会見(2025年6月13日)
参考文献・出典
- 竜樹諒 - Wikipedia
- 私が見た未来 完全版(飛鳥新社、2021年)
- J-CAST「7月5日大災害予言とは何だったのか」(2025年)
- 天使の遺言(文芸社、2025年)