経歴・人物
生い立ちと最初のリーディング
エドガー・ケイシーは1877年3月18日、ケンタッキー州ホプキンズビルの農家に生まれた。少年時代から聖書を愛読し、「日曜学校教師になる」という夢を持つほど篤い信仰者として育った。正規の教育は小学校卒業程度にとどまる。1900年頃から喉頭麻痺に悩み、医師の治療が効かなかったため催眠技師に催眠を施してもらい、その状態で「自分の喉の原因と治療法」を語らせたところ完治した。これが転機となり、他者のためのリーディングを始めた。
フィジカル・リーディング——眠れる診断師
最初期の活動は「フィジカル・リーディング(医療診断)」に集中していた。催眠状態の中で、依頼者(多くは数百マイル離れた場所にいる)の名前と住所を聞かせるだけで、その人物の病状・原因・治療法を詳細に語った。処方には正規の薬品から民間療法・食事改善まで多様なものが含まれ、一部の医師が実際に追試して効果を確認したとも伝えられる。ただし科学的に管理された二重盲検試験は行われておらず、医療的な有効性の確証はない。
ライフ・リーディングと宇宙論の展開
1920年代に入ると、ケイシーのリーディングは医療から魂の歴史へと拡大した。「ライフ・リーディング」では前世・カルマ・魂の目的・アトランティス大陸での前世などを語り始め、独自の転生論を構築した。アトランティス・レムリア・エジプト文明との前世的なつながりを語るリーディングが増え、ニューエイジ思想の源流のひとつとなった。
地球規模の予言も行うようになり、「1998年までのポールシフト(地軸移動)」「1968〜69年のアトランティス遺跡の海中浮上(バハマ・ビミニで一部の岩礁発見が「証拠」として引用された)」「2001年前後の海岸線の大変化」などを語ったが、これらは成就しなかった。
A.R.E.の設立と晩年
1931年にバージニア・ビーチにエドガー・ケイシー財団(A.R.E.:Association for Research and Enlightenment)を設立。第二次世界大戦中は連日多数の家族から行方不明の兵士の安否を尋ねるリーディング依頼が殺到し、心身ともに限界を超えた。自らも「1日2件が限界」と言っていたにもかかわらず何十件もこなし、健康を著しく損なった。1945年1月3日、67歳で死去。
現存するリーディング記録は14,000件以上に達し、A.R.E.によってデジタル化・公開されている。科学的評価は低いが、ニューエイジ・スピリチュアル運動に与えた影響は20世紀最大級といわれる。
主な予言・功績
- アトランティス浮上の予言(1968年)
- ポールシフト予言(1998年)
- A.R.E.(エドガー・ケイシー財団)設立
参考文献・出典
- Edgar Cayce Foundation公式アーカイブ(14000件のリーディング記録)
- Gina Cerminara「Many Mansions」