経歴・人物
スコットランドのゲール語伝統にはいくつかの「予言者」が存在するが、「タムの予言者(Brahan Seer)」として知られるのはコインニッホ・マッケンジー(英語名:ケネス・マッケンジー)という人物の伝承である。
伝承によれば、コインニッホはスコットランド北部のロスシャー地方で生まれた17世紀の人物で、「見通しの石(seeing stone)」を通じて未来を見る能力を持っていたとされる。カウドー城の伯爵夫人イザベル・マッケンジーの怒りを買い、生きたまま樽に詰めて燃やされたという最期が伝わる。
しかし歴史的な一次資料における彼の記録はほとんど存在しない。現存する「タムの予言」のほとんどは、1877年に地方の民話収集家アレクサンダー・マッケンジーが出版した『ブラハン・シアの予言』に初出するものであり、事後的に収集・編集された可能性が高い。
「鉄の女王」を含む政治的予言も、サッチャー首相就任(1979年)後に注目されたものの、テキストの遡及確認は困難な状況にある。ケルト予言詩の研究者の間では、これらの「予言」を文化的・文学的テキストとして評価する一方、将来予知としての検証を保留する立場が多い。
帰せられる主な予言
彼に帰せられる予言のうち、スコットランドで最もよく語られるものをいくつか挙げておく。
「火も血も流されぬまま、黒い雨がカロデンの原を覆う」——1746年のカロデンの戦い(ジャコバイト蜂起の終焉)を指すとされる。「船が丘の裏側を帆走する日が来る」——1822年に完成したカレドニア運河が、内陸の丘陵地帯を船が通り抜ける光景を実現したと解釈される。「羊が人を追い出し、荒野が再び戻る」——18〜19世紀のハイランド・クリアランス(牧羊のための小作農の強制退去)と重ねられる。
そして最も有名なのが「シーフォース家の呪い」である。同家の当主が四人の息子すべてに先立たれ、白頭巾の娘が家督を継いだのち一族が断絶する——という詳細な予言が、19世紀に現実になったとされる。ラスト・シーフォース卿フランシス・ハンバリー=マッケンジーは1815年に没し、爵位は途絶えた。
問題は「いつ書かれたか」に尽きる
だが、これらの予言に共通する決定的な弱点がある。いずれも出来事が起きた後に出版された書物に初めて現れることだ。
シーフォース家の断絶(1815年)を伝える予言テキストの初出は、1877年のアレクサンダー・マッケンジー『ブラハン・シアの予言』である。カロデン(1746年)もカレドニア運河(1822年)も同様に、事後の出版物が初出となる。予言者コインニッホ自身の実在を示す17世紀の一次記録も、いまだ確認されていない。地方の口承として語り継がれていた可能性は否定できないが、それを検証する手立てがないのである。
本サイトの評価
本サイトの判定は明確で、これらは「事前性が担保されない事後成立型の予言」に分類される。ただし、それは価値がないという意味ではない。
ハイランド・クリアランスで土地を追われた人々が、「羊が人を追い出す」という予言の形で自らの記憶を語り継いだのだとすれば、そこには歴史書とは違う種類の真実がある。予言という器が、抵抗の記憶や喪失の痛みを保存する装置として機能した——スコットランドのゲール語文化圏における予言詩は、そうした文脈で読むべきテキストだと本サイトは考える。
収録予言(1件)
本サイトに記録したブライアン・ブレアス(タムの予言者)の予言を、成就状況の判定・原文・検証つきで掲載しています。
鉄の女王が国を治め、ある海峡が揺れる(ビーガン・ブラネン)
部分的スコットランドのゲール語伝承に残る予言詩。「鉄の女王」がブリテン島を治める時代が来るという詩句が、マーガレット・サッチャー首相(別名「鉄の女」)の登場を予見したとして注目された。
(日本語訳)嵐の来る前に鉄を纏いし女が北の地を治め、高地の人々は嘆くだろう… ──(原語:スコットランド・ゲール語)
出典:クリームヒルトの予言(スコットランド・ゲール語伝承)
- ケルト予言詩研究 エディンバラ大学
参考文献・出典
- Alexander Mackenzie「Prophecies of the Brahan Seer」1877年
- Alasdair Roberts研究