経歴・人物
チャールズ2世は清教徒革命で処刑されたチャールズ1世の息子。父王の処刑後、大陸へ亡命し苦難の時代を過ごした後、1660年の王政復古でイングランド王に即位した。
「陽気な君主(The Merry Monarch)」の異名のとおり、宮廷に活気と芸術・科学を復興させ、王立協会(Royal Society)の設立に貢献した。一方で女性関係・カトリックへの同情・議会との対立など複雑な側面もあった。
ロンドン塔のカラス伝承については、チャールズ2世が占星術師ジョン・フラムスティードにロンドン塔での天体観測を命じた際、カラスの糞で望遠鏡が汚れることを嫌がったフラムスティードがカラスの駆除を求めたが、逆にチャールズ2世が「カラスがいなくなると王国が滅びる」という古い伝承を理由にカラスの保護を命じたという話が伝わる。ただし、この伝承自体を裏付ける17世紀の一次資料は確認されておらず、現代の歴史家の多くは19世紀ヴィクトリア朝時代に作られた「伝統」と見ている。現在もロンドン塔では最低6羽のカラスが「Ravenmaster(カラス飼育官)」の管理下で飼育・保護されている。
「古来の伝承」はいつ生まれたのか
この予言を検証しようとすると、奇妙な事実に突き当たる。17世紀にも18世紀にも、ロンドン塔のカラスに言及した記録が見当たらないのである。
民俗学者ボリア・サックスがこの問題を体系的に調査し、ロンドン塔とカラスを結びつける文献上の最初期の言及が19世紀後半——1880年代前後まで下ることを指摘した。チャールズ2世の勅令とされるものも、当時の公文書には存在しない。塔の公式記録にカラスの飼育が現れるのも近代以降である。
ではなぜ「古来の伝承」ということになったのか。背景にあるのはヴィクトリア朝のゴシック趣味である。19世紀のロンドン塔は、処刑場としての血なまぐさい歴史を売り物にする観光地へと変貌しつつあった。エドガー・アラン・ポーの『大鴉』(1845年)が英語圏でカラスに不吉なイメージを定着させたのもこの時期にあたる。塔に住み着いたカラスは、その雰囲気を演出する格好の小道具となり、やがて「王政と結びついた古の予言」という物語をまとうようになった——というのが現在の有力な見方だ。
第二次世界大戦の逸話も含めて
「大戦中の空襲でカラスが1羽だけになり、チャーチルが慌てて補充させた」という有名な話も、しばしば伝承の一部として語られる。これも一次資料による裏付けは乏しく、塔の記録から確認できるものではない。伝説が伝説を呼び、細部が後から追加されていく典型的な経過をたどっている。
本サイトの評価
本サイトがこの事例を収録するのは、カラスの予言が当たるかどうかを問うためではない。「予言がどのように後から作られ、いつのまにか"古来の伝承"になるのか」を、比較的短い期間で追跡できる稀有な標本だからである。
わずか150年ほどの間に、観光演出として始まった可能性のある習慣が、王室の運命を左右する古代の予言として国内外に定着した。同じ過程が数百年・数千年のスケールで起きれば、起源の追跡はほぼ不可能になる。ロンドン塔のカラスは、本サイトが扱う古い予言の多くがどのように成立したかを推し量るための、貴重な比較対象なのである。
収録予言(1件)
本サイトに記録したチャールズ2世(制定)/ 起源不明の予言を、成就状況の判定・原文・検証つきで掲載しています。
カラス(鴉)が消えたときロンドン塔は崩れ去る
不明ロンドン塔のカラスが死に絶えたり逃亡したりすると、王国と塔が崩壊するという伝承。チャールズ2世が翼を切って飼育することを命じたとされる。現在も最低6羽が「王室公認ガラス飼育官」のもとで保護されている。
If the Tower of London ravens are lost or fly away, the Crown and the Tower itself will fall. ──(原語:英語)
出典:イギリス王室の伝承
- ブライアン・モッグ「Ravens of the Tower of London」
- Historic Royal Palaces公式サイト
参考文献・出典
- Historic Royal Palaces公式サイト
- Ronald Hutton「Charles II」