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番組が取り上げる「iPhoneの謎の言葉」

2026年9月27日、テレビ東京系で『やりすぎ都市伝説スペシャル2026秋』が放送される。番組の予告によれば、その中で「iPhoneのユーザ辞書に出てくる謎の言葉」が紹介され、視聴者がその場で自分のiPhoneで確かめられる内容になっているという。

番組が具体的にどの言葉を扱うのかは、放送前の時点ではわからない。ただ、この種の話題でネット上で長く語られてきた言葉はひとつしかない。「雲母坂(きららざか)」である。

同じ番組では、本サイトが以前検証した下北沢のタイムスリップの続編も放送される予定だ。こちらは放送後に検証を書き足す。

ユーザ辞書を開くと入っている「雲母坂」

暗い部屋の机に置かれたスマートフォンと、画面の淡い光

確かめ方は簡単である。iPhoneの「設定」→「一般」→「キーボード」→「ユーザ辞書」を開く。日本語キーボードを使っていれば、自分では一度も単語を登録していないのに、次の1件が入っていることが多い。

単語 雲母坂
よみ きららざか

自分の名前すら登録していない辞書に、見知らぬ地名がひとつだけ入っている。不気味に感じる人がいるのも無理はない。Yahoo!知恵袋やAppleのコミュニティには「登録した覚えがない」という質問が繰り返し投稿され、Xでも定期的に話題になってきた。

語られ方には、いくつかの型がある。

① 勝手に登録されている 新しいiPhoneやiPadを買うと最初から入っている

② 消しても戻ってくる 削除しても、iOSのアップデート後に復活する

③ 辞書が消えると、これだけが残る 登録した単語が全部消え、雲母坂だけになった

一つずつ確かめていく。

①「勝手に登録されている」の正体

結論から書くと、雲母坂はAppleが日本語のユーザ辞書にあらかじめ入れているサンプルの項目である。日本語版Wikipediaの「雲母坂」の項目も、iPhoneを日本語に設定するとユーザ辞書のサンプル項目としてこの地名と読みが登録されている、と記載している。

報告をさかのぼると、話題になり始めたのは2013年のiOS 7のころで、iPhone修理店やブログがこの時期から「iOS 7でユーザ辞書に雲母坂?」という記事を出している。iPadやMacのユーザ辞書でも同じ項目が見られる。iCloudでユーザ辞書が端末間で同期されるため、ひとつの端末で入った項目がほかの端末にも現れる。

つまり「勝手に登録」されたのではなく、最初から入っている見本である。操作の説明を読まない限り気づかない場所にあるため、ある日偶然見つけて驚く人が後を絶たない、というのが実態だ。

②と③「消しても戻る」「これだけ残る」の正体

②と③は、ユーザ辞書の同期の仕組みから説明がつく。

サンプル項目は、辞書が初期状態に戻ったときに再び置かれる。iOSのアップデートや端末の買い替えで辞書が初期化されれば、消したはずの雲母坂がまた現れる。これが②である。

③はもう少し深刻だ。iCloudの同期がうまくいかず、ユーザ辞書のデータが読み込めなくなる不具合が、iOS 7のころから繰り返し報告されている。登録した単語が消えて初期状態に戻れば、残るのはサンプルの雲母坂だけになる。対処法として、設定でiCloudの同期をいったん切って入れ直す方法が紹介されている。

雲母坂が辞書を壊したのではない。辞書が壊れて初期状態に戻ったとき、初期状態にあった唯一の項目が目に入ったのである。原因と結果が入れ替わって語られている。

なお、ユーザ辞書から削除しても「きららざか」と打てば雲母坂に変換される、という報告もある。これはiPhoneの標準の辞書にもともとこの地名が入っているためと考えられる。サンプルは消えても、変換はできる。

なぜ「雲母坂」なのか

木々に覆われた薄暗い山道と、苔むした石段

では、数ある言葉の中から、なぜこの地名が選ばれたのか。Appleはこの理由を公式に説明していない。本サイトも確かな答えは持っていない。

ただ、ユーザ辞書という機能の目的を考えると、推測はできる。ユーザ辞書は、標準の変換では出てこない言葉や、漢字から読みを推測できない言葉を登録するための機能である。

「雲母」を「きらら」と読める人は多くない。雲母は普通「うんも」と読む鉱物の名前だ。漢字を見ても読みがわからず、読みを聞いても漢字が浮かばない。「こういう言葉を登録しておくと便利ですよ」という見本として、これほどわかりやすい例は少ない。しかも実在の地名なので、架空の単語を置くより自然である。

あくまで推測だが、少なくとも「謎の暗号」や「何かのメッセージ」と考える必要はない。機能の見本として、よくできた選択だと言える。

雲母坂は、どんな場所なのか

最後に、この言葉が指す場所そのものを見ておく。雲母坂は実在する。しかも、かなり由緒のある道である。

雲母坂は、京都市左京区修学院の修学院離宮の脇から、比叡山の山頂へ登る古道だ。音羽川沿いの住宅街を抜けた先の雲母橋が登山口になっている。京都の側から延暦寺へ向かう、最短の道のひとつである。

名前の由来 江戸時代の地誌『山州名跡志』によれば、都から見ると、この坂から雲が湧き出るように見えるためという。坂の土に雲母を含む花崗岩の砂が多いから、という説もある。

別名 朝廷の使い(勅使)が延暦寺へ向かう道だったため「勅使坂」、延暦寺への表の道として「表坂」、不動明王を祀る寺があったことから「不動坂」とも呼ばれる。

歩いた人々 延暦寺の僧や僧兵が京と山を往来した。浄土真宗の開祖・親鸞は、29歳だった1201年にこの道を通って比叡山を下りたとされ、登山口近くにその立て札がある。延暦寺の荒行「千日回峰行」の行者道でもあった。

戦いの跡 1336年、比叡山に拠った後醍醐天皇方と足利方がこの坂で対陣し、途中に「水飲対陣跡」の碑が残る。

千年以上にわたって、僧が、勅使が、兵が、この坂を上り下りしてきた。スマートフォンの中で「謎の言葉」として扱われている地名は、日本の歴史の中ではまったく謎ではない。

千日回峰行は、7年かけて比叡山の峰々と京の町を歩き続ける修行である。戦後、この行を2度満行した大阿闍梨・酒井雄哉は、その体験から得た言葉を『一日一生』(朝日新書)にまとめている。この坂を行者道として歩いた人が、何を考えながら歩いていたのか。坂の歴史とは別の角度から、この道を知ることができる。

【追記・2026年9月27日】番組は何を語ったか

9月27日の放送で、番組が取り上げた「謎の言葉」はやはり雲母坂だった。視聴者の反応を見る限り、番組はおおむね次の筋で紹介している。

① スティーブ・ジョブズは京都と縁が深かった

② 雲母坂は、平安京から延暦寺へ向かう道にある

③ 延暦寺は都の鬼門を守る場所で、そこには結界のような意味がある

一つずつ確かめる。

①は事実である。ジョブズが京都を好み、晩年に家族を連れて繰り返し訪れていたことは、公認の伝記にも書かれている。ただし、ジョブズがユーザ辞書の見本を選んだという記録はない。しかも雲母坂がユーザ辞書の話題になり始めたのは2013年のiOS 7のころで、ジョブズが亡くなった2011年10月の約2年後である。京都好きという事実と、辞書の見本とのあいだに、つながりを示す材料は見つからない。

②も事実で、本文で見たとおりである。③の「延暦寺は都の鬼門(北東)を守る」という考え方も、古くから語られてきた。ただ地図で測ると、京都御所から延暦寺の根本中堂への方角は、真北から東へ約55度になる。鬼門とされる真北東(45度)より、やや東に寄っている。

そして何より、①と③をつなぐ線がない。ジョブズが京都を好きだったことも、延暦寺が鬼門の守りとされてきたことも、それぞれは事実だ。だが「だからAppleは雲母坂を辞書に入れた」という結論は、二つの事実を並べただけでは出てこない。放送中から「無理やりすぎる」という反応が出ていたのも、そのためだろう。

番組の紹介は、都市伝説としては楽しいものだった。そのうえで本サイトの結論は変わらない。雲母坂は、読みの難しい実在の地名を使ったユーザ辞書の見本である可能性が高く、選定理由は公表されていない。

本サイトの見立て

山の上から見下ろす夕暮れの盆地の街並み

整理する。

勝手に登録されている Appleが日本語のユーザ辞書に最初から入れているサンプル項目。2013年のiOS 7ごろから話題になっている。

消しても戻ってくる 辞書が初期状態に戻るたびに、サンプルとして再び置かれるため。

辞書が消えるとこれだけ残る iCloudの同期の不具合で辞書が初期化され、初期状態の唯一の項目が残った。雲母坂が原因ではない。

なぜ雲母坂か Appleは説明していない。漢字から読みを推測しにくい実在の地名で、ユーザ辞書の見本として適している、というのが本サイトの推測。

雲母坂とは 京都・修学院から比叡山へ登る古道。親鸞も歩き、千日回峰行の行者道でもあった。

「登録した覚えのない言葉が入っている」という体験は、たしかに不気味である。だが、その正体を確かめると、残るのは不具合でも陰謀でもなく、ソフトウェアの見本と、千年の歴史を持つ一本の山道だった。

もし京都を訪れることがあれば、修学院から雲母坂を登ってみるのもいい。スマートフォンの奥にしまわれていた言葉が、実際の道として足元に続いている。9月27日の放送が何を取り上げるにせよ、この言葉の正体はすでに記録の中にある。

本記事は、iPhoneのユーザ辞書に登録されている「雲母坂」について、公開されている情報(日本語版Wikipedia、Appleコミュニティ、利用者の報告、京都の地誌・観光情報 等)をもとに整理するものです。Apple Inc.はこの項目の選定理由を公表しておらず、理由についての記述は本サイトの推測です。表示の有無や挙動は、iOSのバージョンや設定によって異なる場合があります。番組の内容は、本文は放送前の予告に、追記は放送後の視聴者の反応にもとづくもので、実際の放送内容と細部が異なる可能性があります。方角は京都御所と延暦寺根本中堂の位置から本サイトが計算したものです。雲母坂は山道です。登山の際は装備と天候にご注意ください。