経歴・人物

竹内文書の保持者として

竹内巨麿は「皇祖皇太神宮(こうそこうたいじんぐう)」の神官として、富山県宝達志水町(旧押水町)の皇祖皇太神宮に伝わるとする神代文字の文書群「竹内文書(たけのうちもんじょ)」を保持していたと主張した。竹内文書は数十万巻に及ぶとされ、竹内家が古くから秘密裏に伝えてきたと主張されていた。

文書の内容と主張

その内容は通説の歴史を根本から覆すような主張を含む。主要な内容として「日本(高天原)が世界文明の真の発祥地であり、歴代天皇が世界を統治してきた」「イエス・キリスト・釈迦・モーセ・コンフキウスらが修行のために日本を訪れた」「UFO(天の浮き舟)が古代に存在し、天皇家がこれを使用した」「青森県の戸来(へらい)村こそがキリストの墓のある場所である(キリスト渡来伝説の源流のひとつ)」などがある。キリスト渡来伝説については、竹内文書の影響を受けた形で青森・新郷村のキリストの墓伝説が生まれ、現在も観光地となっている。

起訴・弾圧と戦後

1930年代に雑誌・講演で注目を集め、軍国主義と結びついた超国家主義的解釈(日本の世界的優越性の根拠)から一定の支持を得た。しかし1942年(昭和17年)、天皇の由来に関する記述が不敬罪にあたるとして起訴され、詐欺罪とともに有罪となった。これにより文書の大半が没収・焼却された。戦後の1950年代に「焼却されなかった残存文書」をもとに再出発し、裁判でも無罪の部分が認定されたが、歴史的史料としての評価は回復しなかった。

学術的評価

使用されている「神代文字」が体系的でないこと、記述内容が近代的知識(石油・電信・鉄道)を前提としていること、文書の系統的な保管証拠がないことなどから、明治時代前後に作成された偽書とするのが学術的通説である。

「古史古伝」という時代の産物

竹内文書を理解するには、それが単独の現象ではなかったことを押さえる必要がある。明治から昭和初期にかけて、日本では正史とは異なる古代史を語る文書群——いわゆる「古史古伝」が相次いで世に出た。『富士宮下文書』『九鬼文書』『上記(うえつふみ)』『秀真伝(ホツマツタヱ)』などがそれで、竹内文書もこの系譜に連なる。

これらに共通するのは、いずれも神代文字で書かれたとされ、記紀を超える太古の日本を描き、そして明治以降になって初めて世に出たという点である。背景には、近代国家として西洋列強と伍していく過程で生まれた自己証明への渇望があった。日本はなぜ偉大なのか、その根拠を神話より古い層に求めようとする欲求が、こうした文書を必要としたのである。

竹内文書が1930年代に軍部や超国家主義者の一部から歓迎されたのも同じ理由による。そして皮肉なことに、天皇の出自に関する記述が不敬にあたるとして、その同じ国家によって弾圧された。予言や偽史が政治に利用され、次いで政治に切り捨てられるという典型的な経過をたどっている。

戦後——観光地としての再生

戦後、竹内文書は歴史学の対象からは完全に外れたが、別の形で生き延びた。1970年代のオカルトブームで再発見され、「日本超古代文明論」の中核テキストとして繰り返し引用されるようになる。

最も目に見える遺産が、青森県新郷村の「キリストの墓」である。竹内文書のキリスト渡来説をもとに1935年頃に「発見」されたこの墓は、現在も村の観光資源となり、毎年慰霊祭が営まれている。偽書が地域の文化と経済を生み出したという点で、これは日本のオカルト史における特異な事例といえる。

本サイトの評価

本サイトは竹内文書を歴史資料としては扱わない。学術的な偽書判定は覆っていないからである。

しかし「人が自国の起源に何を求めたか」の記録としては一級の史料だと考える。世界の中心でありたい、あらゆる聖人が訪れた土地でありたいという願望が、これほど具体的な文書の形をとった例は珍しい。偽書は事実を語らないが、それを必要とした時代の心理は正確に語る。竹内巨麿を予言者として記録するのは、その一点においてである。

収録予言(1件)

本サイトに記録した竹内巨麿(解読者)の予言を、成就状況の判定・原文・検証つきで掲載しています。

⬜ 検証困難・判定不能の予言 1件

東から太陽が昇らなくなる日(日本の神代の予言)

不明
📝 記録 1928年 📍 日本 🔎 資料の確かさ ★☆☆☆☆

竹内巨麿が所持していたとされる日本最古の文書「竹内文書」に記されているという予言群。日本が世界の中心で神代文字で記されているとする。主流学術界では偽書とされているが、現在も信奉者が存在する。

(復元日本語訳)神代の昔より受け継ぎし霊的記録には、天の岩戸開きの時が来たる事を告ぐるなり… ──(原語:神代文字(超古代日本文字))

出典:竹内文書(たけのうちもんじょ)

検証・解説竹内文書は超古代の日本に世界を統べる王朝が存在したとする文書群で、「東から太陽が昇らなくなる」等の終末的記述を含む。学術的には竹内巨麿が明治期に作成した偽作とされ、使われた紙や用語に近代のものが混じることが指摘されている。戦時中には不敬罪に問われ関連資料が押収・焚書処分を受けた。本サイトの評価では史料的信頼性を最低水準とし「不明」とする。ただし超古代史・日本の神代文字への関心は根強く、聖徳太子『未来記』などと並ぶ日本の偽書系予言の代表例として記録に残す。
  • 竹内文書 研究 山根菊子
  • 「偽書の日本史」藤原明
#竹内文書#神代文字#偽書

参考文献・出典

  • 藤原明「偽書の日本史」
  • 原田実「「神代文字」の虚偽」